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シミュレーションゲームの歴史を振り返る。(1)-スタートレックから信長の野望まで-

日本で初めて販売されたシミュレーションゲームが何かというのを特定するのは非常に困難かもしれませんが、多くの人が知っている作品に限定すれば、やはり「スタートレック」になるかと思います。

スタートレックは、1960年代後半にアメリカで放送されていたSFドラマを基に海外で制作されたもので、全てテキストベースのゲームとなっています。

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スタートレック
リリース時期:1970年代
現在遊ぶ方法:フリー版多数
画像は現在でもVectorでダウンロード可能なフリー版です
スタートレック02

スタートレックというゲームが誕生したのは1971年のアメリカで、ミニコン用に制作されたのが最初とされ、ソースコードの入手が可能だったことから多くの機種に移植されると共に、少しずつ改良が重ねられていきました。
日本では1970年代後半から1980年代前半に流行し、やはり多くの機種に移植されました。単体で販売されていたほか、パソコン購入時にサービスで添付されていたり、雑誌に掲載されたソースコードを見ながら独力で打ち込んだりと、実に様々な広がりを見せたようです。プログラムの保存に使用されている媒体は、もちろんカセットテープでした。

個人的に初めて見たのは1980年代前半で、友人の家にあったMZ系PC用の作品でしたが、上の画像とは違い文字は緑一色で全てカタカナでした。大人になった今プレイすると簡単ですが、パソコンがほとんど普及していなかった時代に、初見でこのような殺風景でわかりづらい画面のゲームに興味を持つ子供は、人並み外れた好奇心と想像力を持っていることは間違いないので、将来有望に違いありません。

自分は凡人でそもそも「スタートレック」というドラマを知る由も無く、1980年に劇場版が公開された時もスルーしていたため、スタートレックに関する知識といえばMr.スポックという耳の尖った人物がいるというどうでも良い情報だけだった為、このゲームの魅力を理解するまでに約一年かかりました。

友人宅へ一緒に行った中に一人だけすぐに興味を示した友人がいて、スタートレックの事を知ってか知らずかわかりませんが、プレイするために暫く通い詰める事態となり自分も付き合わされました。後に彼は秀才として次々と人生の難関を突破していきましたので、ゲームを選ぶ段階で既にその片鱗を見せていたわけです。

このゲームの目的は、光子魚雷やフェイザー砲を使い、銀河系に展開する敵クリンゴンを一掃することにあります。画面構成やマップはバージョンによって若干異なりますが、多くは8x8の銀河系マップ(画面左上)が存在し、個々のエリア(画面右上)はそれぞれ8x8、もしくは10x10の座標で構成されています。

自機エンタープライズはローマ字のE、クリンゴンがK、宇宙基地がB、星が*、銀河系マップにある3ケタの数字は左からクリンゴンの数・宇宙基地の数・星の数を示し、移動はワープのみ。

テキストだけのとにかく地味なゲームでしたが、想像を膨らませつつ常に先を見据えて行動し、宇宙嵐のようなアクシデントに見舞われても冷静に対処できるよう予め宇宙基地を見つけておくことも必要で、計画性や基礎的な問題解決能力など子供でもスタートレックから学ぶことは多かったと感じます。


それから5年ほど経った頃、家庭用ゲーム機でもスタートレックの流れを汲んだソフトが発売されました。ファミコンのディスクシステム向けに発売された「パルサーの光」です。

パルサーの光
パルサーの光02
リリース時期:1987年10月2日
メーカー:ソフトプロ
現在遊ぶ方法:実機のみ

銀河系マップに関しては多少違いがあるものの、スタートレックの構成と似ています。光子魚雷やフェイザー砲を使い、マップの移動にワープを利用するのも同じですが、新しい要素として小マップでは自機や敵機が表示されると共に、操作しつつ敵と戦うというアクション性も兼ね備えました。内容はかなりシビアで、移動中に自機が惑星と衝突すると爆発してゲームオーバーとなります。

ソフトプロはこのほかに、ブリーダーや19(ヌイーゼン)、フェアリーテイルなどファミコン向けに斬新なシミュレーションゲームを送り出しています。

1985年にファミコン用ソフトとしてナムコから発売された「スターラスター」も、小マップの画面はこれらと似ていますが、スターラスターはシミュレーションゲームというよりはシミュレーター要素の強いシューティングゲームだったためここでは割愛します。

川中島の合戦
リリース時期:1981年10月26日
メーカー:光栄
現在遊ぶ方法:実機のみ

1981年、今やシミュレーションゲーム界の大御所となった光栄(現コーエーテクモゲームス)が、第一作目「川中島の合戦」をリリースしました。シブサワ・コウこと現代表取締役会長の襟川さんによる開発で、武田信玄と上杉謙信の戦いをウォーシミュレーションゲームとして再現したものです。

プレイヤーが選択できるのは武田信玄のみで、敵が見えない中で索敵をしながら敵を発見しゲームを進めます。
インタビュー記事によると、自分が楽しめるシミュレーションゲームを作ろうと、軍人将棋をモチーフに作ったとのこと。ただ、当時経営していた染料商社が芳しくなかったため、売り上げの足しになればと雑誌に通信販売の広告を掲載したようです。

当初は数十本程度でも売れればいいかなとさほど期待していなかったのが、蓋を開けてみれば約1万本を売り上げ、パソコンで歴史シミュレーションゲームをプレイする人の多さに驚いたとのことでした。

1981年当時を振り返ってみると、確かにパソコンを所有している家庭は極めて稀だったものの、数少ない百貨店や電器店のパソコンコーナーでは、土日となると小学生や中学生、高校生など子供たちで溢れかえっていました。

もちろんゲームで遊ぶことが目的で、ソースコードを手入力で打ち込むため雑誌片手に朝から晩まで長時間占拠している大学生らしき人も。当時のパソコンはグラフィック機能こそ貧弱でしたが、ゲーム機には無い独特の魅力や将来性を既に感じ取っていた人が少なくなかったのだろうと思います。

ちなみに家庭用ゲーム機としてはエポックからカセットビジョンが1981年7月30日に発売され、アーケードでは任天堂からドンキーコング、タイトーからクイックスがこの頃にリリースされています。

パソコンでゲームをしたいという欲求は子供に限った話ではなく、大人もやはり同様で、川中島の合戦をリリースした後にユーザーから多くの要望が寄せられたようで、それが「信長の野望」へと繋がっていきます。

信長の野望(初代)
リリース時期:1983年3月30日
メーカー:光栄
現在遊ぶ方法:実機、信長の野望リターンズ(Windows版、プレイステーション版、セガサターン版)、Steam
画像はPC9801全国版の17ヶ国モード
信長の野望pc98

ゲームで初めて徹夜したのは「信長の野望」、という人は多いはず。自分もパソコン版で徹夜し、後の移植版でもやはり徹夜しました。ただ、全国版以降の作品と違い、初代は17ヶ国のみで統一までのプレイ時間が極端に長いわけでは無いにも関わらず、休日の前夜からプレイしそのまま徹夜することが何度もありました。

セーブできなかった事や、ゲーム開始前のスペースキー押下でパラメータを決定する際に理想の数値が出るまで時間が掛かったのも理由の一つですが、電源を落とさずに寝るという選択肢もあったわけで、一度始めると途中でやめられず、しかも失敗すると繰り返し遊んでしまう魅力というか魔力というか、ゲームの名作たる所以の目に見えない不思議な力が存在していました。

選択できる大名は織田信長のみで、2人プレイの時に限り武田信玄も選べるという自由度はかなり低いものでしたが、当時としてはその窮屈さを感じさせないほどのカルチャーショックで、民に施しすぎて金が無くなり、ひたすら兵に訓練を命じるだけになっても楽しいものでした。

なぜこれほどまでに大ヒットしたのかを考えてみると、
・日本地図の使用
・戦闘マップにヘックスを使用
・1対16の大規模バトルロイヤル
・軍事力だけでなく経済力や民心も重視
・大名に能力値を設定し差別化
・戦国時代に特化したゲームの需要が高まっていた

などが挙げられます。

<日本地図の使用>
一部とはいえ日本地図をビジュアルに使用したことは大きなインパクトがありました。当時のゲームは背景が黒で見栄えが良くないものが多かったものの、特に気にせずプレイしていましたが、そんな中での日本地図の表示は際立っており、勢力の拡大具合を視覚的に捉えることもできます。
地図帳を見ただけで脳内旅行を楽しめる強者も少なくないはずで、ビジュアルだけでも相当な訴求力があったのではないでしょうか。

当時自分は戦国時代に大名の勢力範囲がどう変遷したかを、詳細に記している歴史地図のような書籍がないか書店を何件も探し回りましたが、結局見つけることは出来ませんでした。それが21世紀になって空前の歴史ブームとなり、戦国時代の勢力変遷地図も数多く出版されるようになっています。

個人的に気に入ってるのは、歴史人別冊として発売されている「歴史人別冊 戦国武将の全国勢力変遷マップ」です。似たような本は他にもいろいろと販売されていますが、あの頃に一冊でも存在していたらもっと楽しめただろうと思います。

どのような使い方をするかと言うと、歴史好きなら眺めるだけでも満足とは思いますが、勢力拡大ルートを史実に合わせて実行するなど、自分なりにルールを決めてプレイする際に役立ちます。映画作品の舞台や歴史に縁のある場所を巡る「聖地巡礼」と同じようなものです。

<戦闘マップにヘックスを使用>
戦闘画面にヘックスを導入したことも大きかったと思います。ボードタイプのウォーシミュレーションゲームでは、六角形のヘックスを採用しているものが多かったため、ボードゲーム経験者であれば戦闘画面は違和感なくプレイできたでしょうし、事実、自分もそうでした。

<1対16のバトルロイヤル>
当時はゲームでの対戦となると、相手が人であろうとCPUであろうと1対1が普通でした。それが突如としてプロレス以上の1対16バトルロイヤルが展開されるわけですから、燃えないわけがありません。戦国時代の歴史が好きな人であれば、ゲームの中だけでも天下統一を成し遂げたいと思うのはある意味自然なことです。

<軍事力だけでなく経済力や民心も重視>
内政コマンドとして町づくりや開墾、治水工事や施しなど内政に関するコマンドを取り入れ、一作目から兵力の増強だけでは勢力の拡大ができないシステムとなっていました。戦争では米を消費するため長引くと米が無くなりゲームオーバーとなったり、夏の台風や疫病により被害が出ることがあるなど、程よいリアルさもスパイスとなっています。

<大名に能力値を設定し差別化>
年齢、健康、野心、運、魅力、IQの6つ。その後の作品と比べるとパラメータの数は少ないものの、個性を演出することに成功しています。後にナムコから1986年に発売されたファミリースタジアムも、顔や体型は皆同じでも選手個々にパラメータを設けて差別化したことが大ヒットへと繋がったように、個々のキャラクターに数値を設定することは、たとえその対象が無機質な物であったとしても命を吹き込むことができます。

<戦国時代に特化したゲームの需要の高まり>
そしてもう一つ、戦国時代を題材としたゲームが時代にマッチしたこと。当時はまだまだテレビ全盛の時代ですから、テレビから影響を受ける消費行動が多かったと言えます。

それに深く関連するであろう大河ドラマのラインナップを見ると、
・1981年 豊臣秀吉の正室「ねね」こと北政所の生涯を描いた「おんな太閤記」
・1982年 赤穂浪士を描いた「峠の群像」
・1983年 「徳川家康」

1981年のおんな太閤記の後、わずか一年開けて1983年には再び戦国時代が扱われました。
信長の野望に興味を持った層が、毎週欠かさず大河ドラマを見ていたとは言い切れませんが、少なからず情報として耳には入るため、メディアの影響は少なく無かったと思われます。

少し遡ると、1979年末に自衛隊が戦国時代にタイムスリップして長尾景虎(上杉謙信)と出会い武田信玄と相対する「戦国自衛隊」が公開され、1980年には武田信玄の影武者を題材とし、カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した映画「影武者」が共にヒットするなど、プチ戦国ブームを迎えていました。
この時期における信長の野望の発売は、まさに絶好のタイミングだったのだろうと推測されますが、ゲームそのものに大きな魅力があったことは言うまでもありません。


信長の野望 リターンズ
初代信長の野望は、後に「信長の野望 リターンズ」としてWindows版のほか、セガサターンやプレイステーションで復活しました。

リリース時期:セガサターン版1996年3月29日、プレイステーション版1996年8月2日
メーカー:コーエー
現在遊ぶ方法:実機
コントローラ操作に特化した画面構成となったほか、グラフィックが強化され見やすくなり、BGMも使用されています。

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