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「ファミコンとその時代」レビュー

「ファミコンとその時代」は、テレビゲームの出現からファミコンの開発に至るまで、そしてファミコンが発売されて以降どう展開されたか、社会にどのような影響を与えたかが綴られた書籍です。
2013年にNTT出版から発売されました。

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発売日:2013年6月28日
出版社:NTT出版
著者(順不同、敬称略):上村雅之、細井浩一、中村彰憲
全279ページ

巻末の著者略歴より、上村雅之はファミコンとスーパーファミコンの開発責任者を務めた現任天堂開発アドバイザー、細井浩一と中村彰憲は立命館大学映像学部教授であり日本デジタルゲーム学会会長と副会長ということで、あくまでも開発者及びゲーム研究者という立場に沿った内容になっています。

技術的な詳しい記述はほとんどありませんが、実在する記事の出処を明確にしつつ当時の状況を解説するという、論文に近い内容で編集されているため、ファミコン出現前後の時代の流れを知ることができます。反面、終始固めの文章で構成されており、万人に読ませる内容では無いため、当時の状況に興味が無い人にとっては退屈かもしれません。

当時子供だった自分としては、大人がどのような目でファミコンを見ていたのかを知る由も無かったため、テレビゲームが一部の大人に「妖怪」と呼ばれていたことは驚きであり新鮮でした。何しろ今までの人生で「妖怪」と思えるほど摩訶不思議な存在に出会ったことが無いので、テレビゲームのどのへんを「妖怪」と感じたのかちょっと想像できません。

また、当時の記事から子供たちの趣味嗜好の急激な変化や進化を見て取ることもできます。
例えば83ページに1981年トイジャーナル4月号の記事として子供たちの玩具離れに関する記事が掲載されており、その中に「玩具は中学生あたりまでを対象にしていたと思う。ところが今や対象は小学生までであり・・・」というくだりがあります。

子供だった頃、テレビゲームをどう捉えていたかと言うと、当時から単なる遊び道具の一つでした。いわゆる玩具です。しかし、当時の大人たち、少なくともトイジャーナルの記事を書いた人は、テレビゲームを玩具※とは別な異質なモノとして捉えていたようです。だからこそテレビゲームを「妖怪」と称したのでしょう。

※ちなみに現在の日本玩具協会発行「玩具業界統一商品分類コードハンドブック(1999年)」を確認すると、家庭用ゲーム機は大分類「ゲーム」の中分類「テレビゲーム」に分類されています。

但し、すべての大人が「妖怪」と感じていたわけではなく、少なくとも開発に携わっていた人たちにとっては、妖怪どころか未来を感じさせる魅力的なモノだったに違いありません。

第1部 は「テレビゲームの誕生」と称し、ビデオゲームの誕生からファミコンの出現までをやや駆け足で解説しています。アタリショックのほか、スペースインベーダーやブロック崩し等アーケードゲームの流行、電卓やLSIゲーム、そしてゲームウォッチの登場までとファミコンの設計思想や発売までに関する構成となっています。

第2部は「ファミコンの展開」として、スーパーマリオブラザーズ発売以降のゲーム産業の確立や、ファミコンが社会に与えた影響など、ほぼファミコンを中心とした内容となっています。

第1部ではゲーム&ウォッチの発売当時の状況が解説され、「大人向けに開発されたゲームウォッチに反応したのは子どもたちだった」とあり、意図していなかった現象に多少の驚きがあったようです。

1980年4月に発売が開始されたゲームウォッチは、確かに子供たちの間でも結構な流行を見せていました。当時小学生の間で流行していた遊びは、持ち歩けるゲーム機としてはLSIゲームやゲーム電卓、そしてこのゲームウォッチで、ゲーム機以外では「スーパートップ」というコマも大流行していました。

今年に入って将棋ブームに湧いていますが、当時は今よりも将棋人口が多く、子供たちの間でもまだまだ遊びの一つでしたし、少し前にはヨーヨーも流行っていました。

ゲーム電卓ではボクシングゲームが搭載されていたBG-15が特に人気で、ゲームウォッチと共に小学生が簡単に購入できるような値段ではありませんでしたが、
親が購入したものの飽きて放置→子供が確保→学校に持っていく、という流れ。
子供にとって遊べるものは全て玩具であることは、いつの時代も変わりありません。

このため、ゲームウォッチが大人向けという感覚は皆無でした。

読み進めると、このような開発側と当時のユーザーとのズレがいろいろと見えてきます。その辺は当時の状況を思い起こしながら実際に読んだ方が面白いかと思います。

その他の興味深い内容として、高度成長期にテレビを見ることに夢中になっていた子供が親となった時に、ファミコンにのめり込む子供の姿に不安を感じる、という当時の投書記事の紹介がありました。テレビゲームにのめり込んだ世代が親となり、スマホを一日中手放さない子供に不安を感じる現代に通じるものがあります。

ここで共通しているのは、ファミコンもスマートフォンも、子供にとってはコミュニケーションツールの一つだということです。今は一人で遊ぶゲームの方が多くなりましたが、基本的には皆で騒ぎながらファミコンで遊ぶ、というのが日常でした。

ただ、子供の場合は発達途上で、自制心が無いと限度無く遊び続ける(使い続ける)ため、そこは親による管理が必要となります。正確には「自分で管理することを教える」と言った方が良いかもしれません。

クリエイティブな仕事では、特に子供の頃に出会った遊びが鍵となりますが、ルールを設けることは重要で、時に大人が教えてあげる必要もあると感じます。

大人でもルール無視で遊びほうけたり、「もういい歳だからゲームなんてやめよう」などと遊びから離れてしまうとアイディアが浮かばなくなり、仕事もダメになってしまうことが少なくありません。


初めて知ったこともあり非常に興味深く読むことができましたが、残念だったのは当時子供たちから絶大な支持を得ていたナムコのゲームに関する記述が少ないこと。

アーケード業界にとどまらず、ファミコンにも移植されたドルアーガの塔やゼビウス、他の野球ゲームとは一線を画した「ファミリースタジアム」など、ナムコ無しにファミコンの快進撃は無かった思いますが、この辺は開発者やゲーム研究者という立場ではわかり得ないことなのかもしれません。

最後に掲載されている対談では、「ファミコンとは何だったのか、なぜファミコンはこれほどまでに売れたのか」と いう明確な理由を探ろうという試みが行われ、3つの理由が掲載されています。個人的には1つは同意で他の2つは違いますが、人によっていろいろな意見があると思うので、3つの理由を事前に考えてから対談を読むのも面白いのではないでしょうか。

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