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「木綿のハンカチーフ」の魅力、NHK名盤ドキュメントより

先日、NHKBSプレミアムの「名盤ドキュメント」という番組で、太田裕美(以下敬称略)の木綿のハンカチーフを取り上げていました。

なぜこの曲が世代を超えて愛されているのか、楽曲制作の工程がある程度理解できるよう工夫され、わかりやすく、かつ面白い番組に仕上がっていたと思います。

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木綿のハンカチーフとは
今更説明するまでもありませんが、木綿のハンカチーフは1975年12月21日にリリースされた、太田裕美4曲目の楽曲。

当時の太田裕美の印象は「可愛い顔のオバサン」でした。
この曲をリリースした時の太田裕美は20歳だったので決して「オバサン」ではありませんが、やや大人びた顔立ちと歌唱力のせいで、子供だった自分にはそう見えたのかもしれません。

太田裕美の評価は、資料によってアイドルだったりシンガーソングライターだったりとまちまちですが、番組内では「あなた」で大ヒットを飛ばした小坂明子の影響もあって、戦略的に「シンガーソングライター風アイドル」として売り出したといったニュアンスでした。

この辺についてはリアルタイムに見聴きしていた人がどう受け止めたかが重要で、恐らく人それぞれ見方も異なるだろうし、そもそも断じるほどの知識も持ち合わせていないので特に言及しません。

ちなみに雑誌や書籍の評価を一部抜き出すと、

レコードコレクターズ2014年9月号の特集1970-1979日本の女性アイドルソングベスト100では木綿のハンカチーフが第1位で、

「ニューミュージックの新星であるとともにアイドル性も兼ね備えた存在だった」

と記載されています。

レコード・コレクターズ 特集1970-1979日本の女性アイドルソングベスト100

高護著「歌謡曲」では、

「岩崎宏美『ロマンス』や太田裕美『木綿のハンカチーフ』はアイドルとしては破格ともいえるミリオンに手が届く特大の大ヒットとなった。見方を変えればアイドル・ポップスは空洞化しつつあった歌謡曲の本流に近づいていたということである」

とあります。

太田裕美自身は番組内で「アイドルになりたいなんて思ったことがなかった。そういう風なデビューの仕方じゃ無かったからホッとした。」と語っていました。

仮に詞や主旋律のメロディーだけで制作されている曲だったとしたら、あまりにも素っ気ないものに違いなく、やはりイントロや間奏のほか、主旋律以外の楽器による味付けによって創りだされる「曲として完成されたモノ」だからこそ、魅せられるのだろうと思います。

かつて毎週日曜日のお昼に放送されていたイントロクイズの番組「クイズ・ドレミファドン!」は今でも不定期に放送されていますし、カラオケBOXで盛り上がった際には、有名な曲のイントロや間奏部分で歌詞もないのにみんなで合唱したりと、主旋律以外が聴き手に与える影響や効果は絶大です。

「名盤ドキュメント」では編曲がよりクローズアップされると同時に、太田裕美を当時どのような戦略のもと売り出したかを浮き彫りにしていきました。

コンセプトアルバムだった
当時の歌謡曲は5、6人の作家に同時発注し、一番良いものをシングルカット、余った曲をアルバムに入れることで調整していたと語られていましたが、木綿のハンカチーフが収録されている太田裕美のデビューアルバム「心が風邪をひいた日」は、最初からコンセプトアルバムとして制作されたもので、通常の歌手がコンセプトアルバムを発売したのは太田裕美が最初だった、と番組内で説明されています。

アルバムリリース後、木綿のハンカチーフは評判が高まり、関係者の間でもシングルカットしようという話に。

ここで障害になったのが、曲の長さ。しかし、歌詞がストーリー仕立てとなっていたため短くするわけにもいかず、そのままリリースすることになったようです。

歌詞について
作詞は松本隆、作曲が筒美京平、編曲が筒美京平と萩田光雄。

歌詞は、福岡県田川市出身のプロデューサー白川隆三の「炭鉱の閉山もあって大阪や東京に行く人が多かった」、という話を元はっぴいえんどの作詞家・松本隆が参考にしたとのこと。ボブ・ディランの「スペイン革のブーツ」にヒントを得たという話もあるので、両方が融合して生まれたのではないかと推測します。

筒美京平とのコンビで太田裕美の楽曲の詞を書いていた松本隆は、思うように売り上げが伸びず悩んでいる中で、全てが筒美京平主導で進行することに疑問を抱き「詞を先に書かせてくれ」と提案したようです。

太田裕美のデビューからのシングル売り上げ枚数の推移を確認すると、

1974年11月1日発売 雨だれ 約18万枚
1975年4月21日発売 たんぽぽ 約6万枚
1975年8月1日発売 夕焼け 約6万枚
1975年12月21日発売 木綿のハンカチーフ 約87万枚
確かにデビューシングル以降は伸び悩み、木綿のハンカチーフで大ブレイクといった感じ。
その提案を面白そうだということで筒美京平が快く引き受けたところ、出来上がった歌詞はあまりに長く最初は戸惑った模様。

そして生まれたのがこの曲。

メロディーラインについて
番組内では、男性側のセリフ部分ではメロディーが上がっていくが、女性側のセリフ部分ではメロディーが下がっていくことで悲しみを表現しているのではないか、「恋人よ 僕は旅立つ」の"つ"の部分でヴォーカルの最高音を持ってきているのは、太田裕美の長所を早い段階で意図的に出したのではないかと分析されていました。

真心ブラザーズは「曲が長いのに飽きさせない秘密はコード進行にある」と注目していました。
具体的には、

A
恋人よ

のヴォーカル開始部分の1小節めのコードがAから始まり、その後AM7→F#m→・・・と続き、7小節目と8小節目がBm→E。

通常は4の倍数での進行となるため、9小節目からはまたA→AM7と続くはずなのに、実際には2小節目以降のAM7→F#mが9小節目以降に来ているので腑に落ちない、最後の方まで聴いて聴き手はやっと納得する、という分析でした。

これは音楽に精通している人ならではの意見かもしれませんね。目の付け所が違います。

ただ、聴くだけの人間として個人的な意見を書くと、普段そこまで気にして聴いている人は、音楽関係者でもない限り少ないと思われます。
むしろこのコード進行は、聴いていて心地よいです。

曲の最後まで飽きないのはコード進行ではなく、単純にこの歌詞に登場する二人の恋愛の進行具合や結末が気になるからではないでしょうか。

もちろん何度も聴いているので誰しも結末を知っているわけですが、世の中には知っていても改めて聞きたい、聞いて(聴いて)納得したいモノというのが存在していて、それに該当するのではないかと考えます。

男性であれば、相手のことを一途に思い続ける大和撫子の幻想を歌詞の中に抱き、
女性であれば、地元を離れた彼氏に捨てられたという悲劇のヒロインに同化し演じ妄想する、

ということを聴くたびに繰り返しているのかもしれません。

イントロについて
イントロのエレキギターは、ヴォーカルが入る直前の部分で四拍の中に三拍フレーズを混ぜることにより、同じテンポでも二倍のスピード感が生まれる、と萩田光雄により解説されていました。素人でも理解できるわかりやすい説明をするあたり、やはり天才と感じます。

なぜ自分がこの曲に惹かれたかを自己分析すると、切ない歌詞と太田裕美の声、そしてストリングスとエレキギターで始まるあの印象的なイントロに魅せられたのだと思います。

筒美京平はシングル化するにあたり「イントロが重要」という考えを持っていたため、シングルバージョンとしてリリースする際に市場のニーズに合うよう、筒美京平自身が独自にアレンジを加えたと説明されていました。

加えられたのはイントロのストリングスと、サビの部分のコーラス。筒美京平恐るべし、です。

更に、松本隆によって3番の歌詞の一部が以下のように変更されています。

アルバムバージョン
恋人よ 君は素顔で

シングルバージョン
恋人よ 今も素顔で

歌詞の変更は、時間経過を強調する狙いがあったようです。

ではアルバムバージョンの「木綿のハンカチーフ」は一体どのようなイントロだったのか、番組内ではしっかりと聴くことができなかったので、アルバム「心が風邪をひいた日」のCDを購入し聴いてみました。

アルバム収録の萩田光雄バージョンは、イントロの出だし部分のストリングスこそありませんが、全体的に落ち着いた印象で悪くありません。

曲の魅力について、出演していたヒャダインは「ムード歌謡になりがちなメロディーラインを、太田裕美の帳消し力で良い方向に持って行っている」と語っています。
当時のことを太田裕美は「レコーディングが忙しすぎたせいで感情移入する暇がなかった」と振り返り、ELTの持田香織は「感情移入しない方が聴き手は気持ち良いのかも」と推測しています。

確かに譜面通りに癖も無く歌った方が、聴く側としてはメロディーも歌詞も声も、全てが耳にスッと入ってくる気がします。

その他の言葉
番組内では他にもアルバム曲の「七つの願いごと」、「水曜日の約束」、「水車」、「夕焼け」、「青春のしおり」などについての解説がなされています。

この他印象的な言葉としては、

松本隆「太田裕美で研究したことが、松田聖子で実を結んでいる。それだけのことをやらせてくれた器が大きなプロジェクトと(なった)。太田裕美と松本隆で作り上げた音楽だったり詞だったり、そういうものが僕にとってもプラウドリーだし、彼女にとっても誇りなんだよね、きっとね、戦友だね。」
長嶋茂雄ばりの英語の使い方ですが、そこは突っ込まずに。

ヒャダイン「時代の潮目を変えた」

持田香織「やっぱり根底には太田裕美さんの声質の美しさがある」
これは100%同意です。

松本隆「作詞家・松本隆が完成した」

クリス松村「ニューミュージックのアーティストを入れたり、歌謡曲っぽい歌も入ってたり、太田裕美さんてJ-POPをまとめた人だって(思う)」

他の萩田光雄参加作品について
1976年の年間ランキングに目をやると、世代的に「およげたいやきくん」や「山口さんちのツトム君」がどストライクですが、そこを堪えて萩田光雄の編曲作品に注目すると、同じ太田裕美の「赤いハイヒール」、山口百恵の「横須賀ストーリー」と「愛に走って」が該当します。

1976年の年間ランキングTOP20

1位 「およげ!たいやきくん」子門真人
2位 「ビューティフル・サンデー」ダニエル・ブーン
3位 「北の宿から」都はるみ
4位 「木綿のハンカチーフ」太田裕美
5位 「岸壁の母」二葉百合子
6位 「俺たちの旅」中村雅俊
7位 「あなただけを」あおい輝彦
8位 「横須賀ストーリー」山口百恵
9位 「わかって下さい」因幡晃
10位 「あの日にかえりたい」荒井由実
11位 「なごり雪」イルカ
12位 「オー・マリヤーナ/ビューティフル・サンデー」田中星児
13位 「赤いハイヒール」太田裕美
14位 「めまい」小椋佳
15位 「山口さんちのツトム君」斎藤こず恵
16位 「愛に走って/赤い運命」山口百恵
17位 「センチメンタル」岩崎宏美
18位 「パールカラーにゆれて」山口百恵
19位 「ソウル・ドラキュラ」ホット・ブラッド
20位 「ファンタジー」岩崎宏美

萩田光雄は以降も山口百恵の「イミテイション・ゴールド」や「乙女座宮」、「夢先案内人」、「秋桜」、「プレイバックPart2」、堀ちえみの「稲妻パラダイス」、稲垣潤一の「心からオネスティー」、久保田早紀の「異邦人」、中山美穂の「BE-BOP-HIGHSCHOOL」、桑江知子の「私のハートはストップモーション」、中森明菜の「禁句」等々、イントロが印象的な楽曲を次々と制作しています。

ちなみに「ニッポンの編曲家」という本に萩田光雄のインタビューが掲載されていますが、最も気に入っているアレンジとして挙げているのは、あみんのアルバム「P.S.あなたへ・・・」に収録されている「冬」とのことでした。

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