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森田のバトルフィールドからボコスカウォーズまで

信長の野望が発売される少し前、「森田のバトルフィールド」がリリースされました。この作品は、エニックスが前年に主催した第一回ゲームホビープログラムコンテストで最優秀プログラム賞を獲得したものです。

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森田のバトルフィールド
リリース時期:1983年2月
メーカー:エニックス
現在遊ぶ方法:実機

森田のバトルフィールドは、信長の野望と同じターン制のシミュレーションゲームで、あの森田和郎さんが開発したゲームです。戦闘マップは信長の野望のようなヘックスではなく、スクエアを採用していたため将棋盤のような感じでした。戦闘機や爆撃機、歩兵や戦車など現代戦を扱ったもので、敵の首都を占領するのが目的というシステムは、後発の「現代大戦略」を彷彿させます。

友人がプレイしていたのを2、3度見ただけなので、内容に関する知識が稚拙ですが、このゲームと開発した森田さんが日本のゲーム界に残した功績は計り知れないため、外せないゲームの一つと言えます。

先日(2016年12月29日)NHKでドラゴンクエストの特別番組「ドラゴンクエスト30th そして新たな伝説へ」が放送されていましたが、その中でエニックスが1982年に実施した第一回ゲームホビープログラムコンテストの当時の模様がほんの少し映し出されていました。

当時は若いアマチュアのプログラマーがゲームを作った場合、雑誌に投稿するかショップに持ち込むかの選択肢がありましたが、報酬は雑誌の場合が原稿料、持ち込みは基本的に買い切りで印税が入ることもなく、儲けのほとんどはショップが手にしていました。

例外はあったでしょうが理不尽ともとれるその状況は新聞でも報道され、多くの人に知れわたることとなったほか、エニックスという会社自体も当時はさほど知られていなかったため、募集開始からの一ヶ月では作品がほとんど集まらなかったようです。しかし、賞金総額300万円を武器に全国規模のキャンペーンを展開し、最終的には300本近くの作品が集まり、最優秀プログラム賞を獲得したのが森田さんの「森田のバトルフィールド」でした。

ドラゴンクエストの楽曲で知られる作曲家のすぎやまこういちさんとエニックスを結んだきっかけは、1985年に発売されたパソコン用ソフト「森田和郎の将棋」ですから、もし森田さんが存在していなかったらドラゴンクエストシリーズという超大作は誕生していなかった可能性もあり、森田さんがエニックスやドラゴンクエスト、ひいては日本のゲーム界に与えた影響というのは、もはや測定不能です。

天才プログラマーとして名を馳せた森田さんは、残念ながら2012年に早逝されましたが、他にもゼビウス風シューティングゲームのアルフォスをパソコン用として開発したほか、ファミコン用RPGソフトの隠れた名作「ミネルバトンサーガ ラゴンの復活」を手掛け、コンピュータ将棋やオセロなど幅広いジャンルに多大な影響を与えました。

他の方との共著ですが「コンピュータ将棋 -あなたも挑戦してみませんか (Information & Computing)」や、「思考ゲームプログラミング―オセロゲームのアルゴリズムと作成法」なども出版しています。

ボコスカウォーズ
発表:1983年
メーカーからのリリース時期:1984年2月
メーカー:アスキー
現在遊ぶ方法:実機。1985年にはファミコンに移植。
ボコスカウォーズ02

ボコスカウォーズは、当時輝きを放ったX1用のゲームソフトとして1983年に発表され、アスキー主催のソフトウェアコンテストでグランプリを受賞したことから、翌1984年にアスキーから販売されました。「森田のバトルフィールド」と同じくこちらもコンテストの受賞作ですから、当時のパソコンゲーム事情を窺い知ることができます。

ボコスカウォーズという名前は、1983年にスターウォーズの劇場版3作目にあたるエピソード6が公開されているため、恐らくそこから命名したのではないかと推測されます。

ゲームの目的は、スレン王、兵卒、騎士を率いて敵の親玉「オゴレス王」を倒すこと。味方と敵のユニットが重なるとバトルとなり、判定の結果負けたユニットは消滅。兵卒や騎士は3回勝つとそれぞれ重兵卒、重騎士へと成長しパワーアップします。終盤まで出来る限り多くの兵力を残すよう進行することが要求されますが、オゴレス王に勝てるのはスレン王のみ。

戦闘の勝敗判定はランダムに決定されるわけではなく、個々のパワーに乱数を使って幅を持たせているだけですが、その幅が大きいため圧倒的有利な状況でも負けることがあります。これを回避するには、出来る限り戦闘を控え兵力を保ったまま進行し、戦う時は必ず敵の背後(左側)から攻撃します。親衛隊には、苦手とする兵卒か重兵卒で相対します。

ほんの少しリアルタイムストラテジーの要素を持たせつつ、戦いに勝つことで成長するというRPG要素も持ち合わせ、移動にわずかなアクション要素もあるなど、当時としては時代を先取りした名作でした。個人的にはX1と言えばボコスカウォーズ、ボコスカウォーズと言えばX1で、とにかくX1とセットの印象が強く残っています。

後に移植されたPC-9801版でプレイしましたが、イメージしていた通りの面白さでした。しかし、1985年に発売されたファミコン版の完成度が低かったこともあり、良い印象を持っている人は少ないかもしれません。

リリース時期:1985年12月14日
メーカー:アスキー
現在遊ぶ方法:実機、バーチャルコンソール(Wii)
ボコスカウォーズファミコン版02

ファミコン版はスペックの問題が立ちはだかり、キー入力が反映されるタイミングが遅いせいか操作性がもう一歩で、医者のドラマでお約束として登場する大学病院院長や教授の総回診さながらに子分を引き連れての行列が無くなり、ゲーム開始時の兵卒や騎士はゼロ。この状態での子分探しはまさに苦行で、個人的にはあの眠くなるBGMも好みではなく、あまりプレイすることはありませんでした。

逆に言えばかなり骨太な内容となっています。結局のところゲームの評価というのは人それぞれですから、クリアが困難なゲームに立ち向かうのが好きな人にしてみれば、良ゲーかもしれません。

ファミコン版の勝敗判定は、やや幅を持たせ過ぎているのか、もしくは背後からの攻撃時に+αが無いように感じます。
ゲームカタログ@Wikiの記述によれば、ファミコン版の判定式は、
(味方ユニットのパワー - 敵ユニットのパワー) / 10 + (0から59の乱数) の結果が30以上の場合に勝利となっているため、 味方ユニットのパワーが敵ユニットのパワーより300以上大きければ勝つ確率は100%となります。

もし背後から攻撃した際のボーナスが有効になっていれば、320対40のような場合でも勝てるはずですが、情報を検索したところ、ファミコン版では兵卒のみに背後ボーナスが反映されるようです。

そして今年の11月には、まさかの新作「ボコスカウォーズⅡ」が30年の時を越え、ダウンロード販売限定ですがPS4とXbox Oneでリリースされました。

関連記事:シミュレーションゲームの歴史を振り返る。(1)-スタートレックから信長の野望まで-

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